メンタルヘルスの悩み~それ、あなたは悪くない~

メンタルヘルス不調の人が増えています。「起立性調節障害」「うつ病」「睡眠障害」などを抱え、一人で悩む人は少なくありません。様々な国内外の研究を参考に考えていきます。

「うつ病」って遺伝の影響も大きいの?

今回、皆さんと考えたいのは「うつ病」と「遺伝」の関係についてです。

【概要】

うつ病は、脳内の神経伝達物質のバランスやストレスなど多様な要因によって引き起こされると考えられていますが、遺伝との関連性についても大規模な研究が行われてきました。海外や日本の研究によれば、うつ病には30~40%程度の遺伝的要因が関与している可能性が示唆されています。ただし、遺伝子だけでなく、環境的要因やライフスタイルなどが複雑に影響し合うため、「家系にうつ病があるから必ず自分もうつになる」と決まるわけではありません。本記事では、うつ病の遺伝的リスクと、そのうえでどのような対策がとれるかを考えていきます。


 

はじめに

うつ病は世界的に見ても患者数が多い精神疾患の一つであり、WHO(世界保健機関)の推計によると、'''世界人口の約5%がうつ病を患っている'''とされています。近年の研究では、ストレスや心理的要因だけでなく、遺伝子要因も含めた生物学的な背景がうつ病の発症に大きく寄与していることがわかってきました。
一方で、「親がうつ病だから自分も必ずなる」「家系的にうつ病が多いから予防は無理」といった誤解を抱く人も少なくありません。実際のところは、遺伝が及ぼす影響はあくまで一因であり、環境やストレス対処などの他要因と組み合わせて発症リスクが高まると考えられています。


 

うつ病と遺伝:どれほど関係があるのか

うつ病の遺伝的寄与度(遺伝率)は、多くの双生児研究や家族調査を通じて解析されています。具体的には、以下のような知見が報告されています。

  • 親やきょうだいなど一次親族にうつ病の既往歴がある場合、うつ病を発症するリスクはそうでない人に比べて約2~3倍高い。
  • 双子(特に一卵性双生児)を対象にした研究では、'''うつ病の遺伝率は30~40%程度'''と推計されている。
  • 研究によっては、遺伝率を最大50%程度と見積もる報告もあるが、環境要因をどの程度考慮するかによって数値にばらつきがある。

 

海外の研究例

Sullivanらのメタ分析(アメリカ)

アメリカの精神医学誌に掲載されたSullivanら(2000年)のメタ分析では、'''双生児研究や家族研究のデータを統合した結果、うつ病の遺伝率が約37%(95%信頼区間:31~42%)'''と報告されています。
Sullivan PF, Neale MC, Kendler KS. “Genetic epidemiology of major depression: review and meta-analysis.” Am J Psychiatry. 2000 Oct;157(10):1552-62.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11007705/

この研究では、うつ病発症において遺伝と環境が相互に影響し合うモデルが最も妥当とされ、遺伝的要因があっても必ずうつ病になるわけではないという結論に至っています。

大規模ゲノム解析(Wrayら, 2018)

さらに、近年の大規模ゲノムワイド関連解析(GWAS)では、複数の遺伝子座がうつ病に関連している可能性が示唆されています。Wrayら(2018)の研究では、約13万5千人のうつ病患者と34万4千人の対照群を比較した結果、いくつかの染色体領域が有意にうつ病リスクと関連することが確認されました。遺伝的素因が多因子的に組み合わさって発症リスクを高めるという点が、ゲノムレベルでも裏付けられつつあります。
Wray NR, Ripke S, Mattheisen M, et al. “Genome-wide association analyses identify 44 risk variants and refine the genetic architecture of major depression.” Nat Genet. 2018 May;50(5):668-681.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29700475/


 

日本の研究例

日本人を対象とした双生児研究

日本国内では、欧米ほど大規模なサンプルを用いた双生児研究は多くないものの、一部の研究で欧米と同程度の遺伝率(約30~40%)が報告されています。たとえば、ある小規模な双子研究では、'''成人期にメジャーうつ病を発症した双子のうち、一卵性双生児の一致率が約35%、二卵性双生児の一致率が約18%'''と示唆されました。

京都大学理研によるゲノム解析

京都大学理化学研究所などのグループも、うつ病に関連する遺伝子多型の探索を進めています。日本人を対象としたゲノム研究では、特定のセロトニン輸送体遺伝子(5-HTT)の多型やBDNF(脳由来神経栄養因子)遺伝子の変異などが発症リスクに絡む可能性が示唆されていますが、'''現時点では単一遺伝子が決定的に働くのではなく、多数の遺伝子と環境因子が複雑に絡み合うこと'''が再確認される形となっています。


 

うつ病の遺伝を考えるうえで注意すべき点

  1. 遺伝率=必ず発症するわけではない
    遺伝率とは「集団レベルで、ある性質が遺伝的にどの程度説明されるか」を示す統計指標です。たとえ親や親族にうつ病があっても、'''遺伝子の影響だけで必ず発症するとは限らず、環境要因やストレス対処法なども大きく関わる'''と考えられています。

  2. 多遺伝子+多因子モデル
    うつ病は一つの遺伝子変異だけで起こるものではなく、複数の遺伝子がわずかずつ影響を与え、それに心理社会的ストレスや育った環境などが重なってリスクが高まる「多因子モデル」が主流の見方です。

  3. 環境要因の重要性
    たとえば、幼少期のトラウマや慢性的なストレス、社会的孤立などは、うつ病の発症リスクを大きく上昇させます。遺伝子が同じであっても環境が違えば発症率が異なることを示す研究は多く、'''家族歴がある場合でも、適切なサポートとストレスマネジメントによりリスクを抑えられる可能性'''があります。


 

家族でできる予防・サポート

  1. 早期の専門家受診
    うつ病の疑いがある行動や症状が家族に見られた場合、早めに精神科や心療内科、カウンセリング機関を利用することで、悪化を防ぐことが可能です。

  2. コミュニケーションの充実
    親子関係や夫婦関係の中で、気軽に悩みを共有できる雰囲気づくりが重要です。誰かが落ち込んでいるときに話を聞いたり、必要に応じて受診を勧めたりできる関係性が、うつ病発症リスクを低減する要因になり得ます。

  3. 適度な運動・生活習慣の見直し
    運動不足や睡眠不足、偏った食生活などは心身の健康を損ね、うつ病リスクを高めるとされています。定期的なウォーキングやジョギングなどを家族で楽しむのも一つの方法です。

  4. ストレスマネジメントの学習
    認知行動療法(CBT)の考え方を応用したセルフヘルプ書籍やオンラインプログラムを利用することで、ストレスへの対処法を学べます。'''家族で一緒にストレス対処を実践し合うことで、互いをサポートしやすくなる'''と言われています。


 

まとめ

うつ病には数多くの要因が関わりますが、'''遺伝的要因も30~40%程度関与している'''と多くの研究が示唆しています。Sullivanら(2000)のメタ分析では約37%という遺伝率が報告され、大規模ゲノム解析(Wrayら, 2018)でも複数の遺伝子領域がうつ病リスクに関連すると確認されています。しかし、遺伝子だけが発症を決定づけるわけではなく、環境要因やストレス体験、対人関係の質などが重なり合ってリスクが高まる「多因子モデル」が主流の考え方です。

日本でも、家族歴のある人が必ずしも発症するとは限らないこと、逆に家族歴がなくても過度のストレスや生活環境の変化などで発症する場合があることが、双生児研究などで示されています。'''家族の中にうつ病を経験した人がいても、早期の受診やコミュニケーション、ストレスマネジメントの習得などにより予防や緩和が可能'''です。

大切なのは、リスクを正しく理解しつつ、悲観的になりすぎず、心の不調を感じたら早めに専門機関へ相談することです。家族や周囲が安心してサポートできる体制を整えることで、うつ病のリスクを下げるだけでなく、万が一発症しても適切な治療と支援につなげられるでしょう。

(本記事はSullivanら(Am J Psychiatry, 2000)やWrayら(Nat Genet, 2018)などの海外研究、および日本の双生児研究の知見を参考に執筆しています。ご家族や自身がうつ病を疑われる場合は、専門家との連携を視野に入れ、早期の対応を検討ください。)