目次
概要
本記事では、ストレスの多い現代社会において話題になることの多い「五月病」と、身体の健康状態を大きく左右する自律神経との関係について解説します。新年度が始まる4月からの環境変化を経て、5月頃に心身の不調を感じやすい理由には、自律神経の乱れが大きく関わっている可能性があります。海外や日本の研究データから得られた情報を交えつつ、具体的な対処法も紹介していきます。
日本では年度初めが4月とされ、新入社員や新入生が一斉に新しい環境へ飛び込む季節でもあります。仕事や学業、引っ越しなどで生活リズムや人間関係が一変し、4月中は緊張感や期待感で乗り切れたとしても、5月に入りいよいよ疲れが顕在化してくることがあります。このときに表面化する心身の不調が「五月病」です。
五月病は正式な医学用語ではありませんが、社会人や学生の間で広く認知されており、「やる気が出ない」「気分が落ち込む」「体調を崩しやすくなる」などの症状が5月頃に特に目立ち始める現象を指しています。
近年、ストレス社会という言葉が当たり前のように使われる中、こうした季節特有の不調を考えるうえで重要なのが、自律神経の存在です。自律神経は、外的・内的環境にあわせて身体の状態を調整する指令塔のような役割を担います。新生活の慌ただしさやストレスによって自律神経のバランスが乱れると、心身の不調へとつながりやすくなるのです。
自律神経の基本構造
自律神経は交感神経と副交感神経から成り、活動や緊張時には交感神経、休息やリラックス時には副交感神経が優位になるように働きます。このバランスが崩れると、睡眠障害や疲労感、動悸、消化不良など多彩な不調が生じる可能性があります。
ストレス社会における自律神経の負担
厚生労働省の「令和3年 労働安全衛生調査(実態調査)」によると、仕事や職業生活に関して「強い不安・悩み・ストレス」を感じている労働者の割合は54.2%にのぼります。
出典:https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/r05-1.html
これは、2人に1人以上がストレスを強く感じる職場環境で働いているということを示しています。ストレスが強い環境下では、交感神経が持続的に高ぶりやすくなるため、副交感神経が十分に働ける時間が削られてしまい、慢性的に疲れやイライラ感、集中力の低下などを招きやすくなります。
海外の研究データ
アメリカの心理学者Cohenらの研究(1983年)によって開発されたPSS(Perceived Stress Scale)のデータによると、仕事や学業で多忙を極める20〜30代の回答者は、全年代の中でもストレスレベルが最も高い傾向にあると報告されました。
出典:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/6668417/
この年代は、新生活やキャリア形成など環境変化が多い時期であるため、自律神経への負荷が大きくなる可能性が高いと考えられます。
概要
「五月病」は一般的に、4月から始まる新生活で張り詰めていた緊張の糸が5月の大型連休(ゴールデンウィーク)を過ぎたあたりで途切れ、心身の不調が目立つようになる状態を指します。よくみられる症状としては、以下のようなものがあります。
- 気分の落ち込み、無気力
- イライラしやすくなる
- 食欲不振や過食
- 朝起きるのがつらい、睡眠の質の低下
- 頭痛や肩こり、胃腸の不調
五月病は一過性の状態で済む場合も多いですが、放置すると「適応障害」や「うつ病」などのメンタルヘルス疾患へ移行するリスクも否定できません。
背景要因
こうした背景要因が重なり、疲労やストレスが蓄積してくると、5月前後に一気に心身の不調が噴出することが考えられます。
1. 交感神経の過剰な活性化
新年度がスタートしてからの4月は、新しい環境への期待感や緊張感によって交感神経が常に高ぶっている状態になりがちです。特に新入社員や新入生などは、業務や学業だけでなく人間関係の構築にも気を遣うため、休息時に十分な副交感神経の働きが得られない場合があります。
2. ゴールデンウィーク後の反動
ゴールデンウィークの休暇中は、一時的に副交感神経が働き、身体が「休める!」と感じる状態になることがあります。しかし、連休後に再び日常に戻ると、急に交感神経優位の生活に引き戻されるため、身体がうまく順応できずに不調をきたすケースが報告されています。
実際に、日本自律神経学会の研究報告(2021年)では、連休明けのHRV(心拍変動)指標を計測した際、約20%の被験者で交感神経優位が持続し、日常への適応に時間がかかる傾向が認められたとされます。
出典:https://www.jas-ans.org/
3. 自律神経の乱れが招く症状
自律神経のバランスが崩れると、睡眠障害や胃腸症状、やる気の低下など、五月病の典型的な症状を誘発しやすくなります。特に交感神経が過度に優位だと、脳内のセロトニンやドーパミンなど気分を調整する神経伝達物質の分泌や働きにも影響が及ぶ可能性が指摘されています。
1. 代表的な症状
- 無気力・抑うつ気分: 朝起きるのが苦痛、やる気が出ない
- 集中力の低下: 学業や仕事のパフォーマンス低下
- 食欲不振/過食: ストレスから過剰摂取、または食欲がわかない
- 体調不良: 頭痛、肩こり、胃腸障害など
こうした症状が2週間以上続く場合は、精神疾患の初期症状の可能性もあるため、早めに医療機関を受診し、専門家のサポートを受けることが大切です。
2. 有効な対処法
(1) 規則正しい生活リズム
- 毎日同じ時間に起床・就寝
- 朝起きたら日光を浴びて体内時計を整える
- 休日も極端な「寝だめ」は避け、生活リズムの崩れを防ぐ
(2) 意識的なリラックス法の導入
- 深呼吸・腹式呼吸: 1回の呼吸を4秒吸って4秒吐くを繰り返す
- マインドフルネス瞑想: 呼吸に意識を向け、思考を客観的にとらえる
- 軽度〜中度の運動: ウォーキングやヨガなど、血行促進とストレス解消に効果的
(3) ストレスの源を整理し、助けを求める
- 職場の上司や学校の相談窓口に、業務量や学業負担について相談
- 家族や友人など身近なサポートに悩みを打ち明ける
- 必要に応じて精神科や心療内科を受診
(4) 環境要因の見直し
- 睡眠環境: 寝室の照明・室温・騒音を調整し、睡眠の質を高める
- 職場や学習環境: 作業スペースを整理し、集中しやすい環境を整える
厚生労働省のメンタルヘルス対策ガイドラインでは、職場におけるストレスチェック制度の活用や産業医・保健師の設置など、従業員のメンタルヘルスケアを推奨しています。こうした制度を積極的に利用するのも一案です。
出典:https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/
五月病は新年度の環境変化やストレスが契機となり、自律神経のバランスを乱すことで心身に不調をもたらす一過性の状態です。多くの場合は数週間で回復することもありますが、放置すると長期的なメンタル不調につながる可能性があるため注意が必要です。
自律神経は、交感神経と副交感神経がシーソーのように働き、私たちの身体機能をコントロールしています。春先からの過度な交感神経優位の状態が続いた上に、ゴールデンウィークの休暇で一時的に副交感神経が優位になり、さらにその後に再びストレスフルな日常へ戻るという急激な変化が、五月病を引き起こしやすくしている可能性が高いのです。
「自分は大丈夫」と思わずに、生活習慣を整える・リラックス法を取り入れる・周囲に相談するなどの対策を実践し、自律神経のバランスをサポートすることが大切です。特に、気になる症状が長引く場合や、仕事や学業が続けられないほど辛い場合は、専門家の助けを求めることをためらわないでください。
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Cohen, S., Kamarck, T., & Mermelstein, R. (1983). A global measure of perceived stress. Journal of Health and Social Behavior, 24(4), 385–396.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/6668417/ -
厚生労働省 (2022). 令和3年 労働安全衛生調査(実態調査).
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/r05-1.html -
日本自律神経学会 (2021). 自律神経機能測定とその意義に関する報告書.
https://www.jas-ans.org/ -
厚生労働省 (n.d.). メンタルヘルス対策ガイドライン.
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/
五月病は日本特有の呼び名ではありますが、環境変化やストレスの影響を受けやすい季節に起こる代表的な不調として、現代社会で広く認知されています。自律神経のバランスを意識した生活習慣の改善や、心身の休息を優先する姿勢が、五月病の予防・対処の大きなポイントとなるでしょう。